「金属の目利き」として育ち、挫折を知って「経営」を学んだ。
横浜アルコ代表・魚地浩司のあゆみ

「将来は親父の跡を継ぐ」と決めていた少年時代

私の履歴書の始まりは、横浜の街に積み上げられた金属の山にあります。
戦後に祖父たちが始めた資源回収の仕事。
そして、旭区で非鉄金属商を切り盛りしていた父の背中。

それらを見て育った私にとって、「将来は自分も父の跡を継ぐんだ」と考えるのは、ごく自然なことでした。

大学卒業後、武者修行の場に選んだのは金属専門の商社でした。
実家で培った「金属の知識」が功を奏したのか、配属先の営業部門ではずいぶん可愛がっていただいたものです。
私には継ぐ予定の家業があるのを知っていながら、
当時の社長から「婿に来ないか」とも取れるようなお言葉をいただいた時は、全身から汗が吹き出し出ました。

サラリーマンの5年間で気づいたこと

5年のサラリーマン経験を経て、1995年に満を持して横浜アルコへ入社。
その前年には仕事を通じて出会った妻と結婚していました。

「これからは自分一人の人生じゃない。この会社と家族を、一生かけて背負っていくんだ」
口には出しませんでしたが、当時の私の胸の内には、これまでとは違う静かな覚悟が宿っていました。

とはいえ、組織で働くことの難しさや楽しさを知る中で、
「自分は誰かの指示で動くよりも、自分の責任と裁量で働く方が向いているかもしれない」
ということも感じていた私。

良く言えば自立心が強い、今思えば……少しばかり生意気な後継ぎだったのかもしれません。

数字の「規模」より、仕事の「中身」を誇りたい

苦しい時期を経て、2021年に大きな決断をしました。
それは、かつて追い求めた「売上の数字」を捨てること。
代わりに、徹底して「利益率」と「仕事の質」にこだわる方針へと舵を切りました。

その結果、売上規模は全盛期より抑えつつも、過去最高益を達成することができたのです。
遠回りしましたが、ようやく先代たちが大切にしてきた「堅実な商い」の真髄に触れられた気がしています。

これからの展望:街を支える「リサイクルのプロ集団」へ

現在、私たちは町田市の資源選別事業など、より公共性の高い分野へと挑戦の場を広げています。
相場に一喜一憂する商売だけでなく、地域の環境インフラを支える誇り高い仕事へ。

長年私たちを信頼して仕事を任せてくださるお取引先様。共に横浜のリサイクル業を盛り上げてきたリサイクル組合の仲間。そして苦しい時期も一丸となってついて来てくれた社員たち。これらの方々には感謝しかありません。

「自分の舵取り」で始めたこの第二の創業期を、社員一同と一緒に楽しみながら進んでいきたいと思っています。
横浜アルコは、これからも横浜の街に、なくてはならない「宝探し(資源回収)のプロ」であり続けます。

横浜アルコ株式会社 代表取締役
魚地浩司

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